ビルドンブング

自由でシンプルな生活を求めて試行錯誤する記録を毎日更新中(金曜日はその週に読んだ小説の紹介)

高性能ディスプレイの妄想を断ち切り目標に昇華させる

デスクトップ派? ノート派?
今回はPC、パソコンの話です。
 
私はノート派です。
節約面でノートPCにはメリットがあります。
正確には外付けディスプレイのデメリットなのですが……
 
とはいえノートPCもサブディスプレイとして外部ディスプレイがあった方が便利です。
かといって、何も考えずディスプレイを購入するのはオススメしません。
 
私の考えるディスプレイ購入条件は
そのディスプレイで行う作業に何らかの収入が発生し、その収入だけでディスプレイの代金を賄うことができる
 
では外部ディスプレイのデメリット、そして上記の条件の根拠を具体的に紹介していきます。
購入欲求をモチベーションの維持に利用できるようになります。
 
 
はじめに
例えば喫茶店で作業をしている時「これは家のディスプレイでやった方が効率的だな」と作業を先延ばしにすることはありませんか?
ディスプレイを何かの言い訳に使っていませんか?
 
大きな画面じゃないと絶対にできない作業でないのなら、一度ディスプレイを外して、ノートPC1台で作業をしてみてはいかがでしょうか。
もしもディスプレイに関してストレスを感じることがあるのなら、いっそのことノートPCオンリーに絞った方が思考が楽です。
そして甘えもなくなります。
 
理想のディスプレイは?
この質問に即答できるでしょうか。
値段を気にしなければいくらでも上等なディスプレイが売っています。
 
画質、サイズ、液晶、入力端子、USBストリーム、最近はLANケーブルを挿すことで接続しているノートPCを有線でネットに繋げるディスプレイも登場しています。
↓こんなの。
 
問題は、理想のディスプレイに明確な答えがなく、購入したとしてそのディスプレイでずっと満足していられないということなのです。
 
それに、まだまだ技術的に進化していく分野だと思うので、現時点で最高のディスプレイを手に入れても、数年後にはさらに上の製品が出ているでしょう。
 
画面は広くなっても思考が狭くなる
かくいう私も数ヶ月前までは外部ディスプレイを使っていました。
24インチフルHDのディスプレイです。
 
しかし、13インチMacBook Airを購入してから、外部ディスプレイの買い換えを考えることが増えました。
私はMacBookの内蔵ディスプレイの解像度を上げて使っています。
(ディスプレイ設定の「スペースを拡大」)

 
これはフルHDとほぼ同じ解像度となります。
つまり、13インチと24インチの画面が並んでいるにもかかわらず、解像度がほぼ同じという状況になったのです。
となると、24インチの外部ディスプレイにストレスを感じるようになります。
 
一度ストレスを感じると、PCで作業をしていても、気がついたら新しいディスプレイの購入を考えてしまうようになりました。
何か考えようにも、正面にあるディスプレイに思考を邪魔されるのです。
PCでの作業を効率化するためのディスプレイが、思考の邪魔をする厄介者になりました。
 
妄想で購入を正当化
「このストレスは新しいディスプレイを買わないとなくならない」
当時の私はそう確信していました。
 
漠然と大きな高性能ディスプレイがある環境を妄想しては、具体的な製品を検索。
サイズを確認して机の上のスペースを測り、よりイメージを具体的にした上で再び妄想。
 
そんなことを繰り返し、欲しい物リストがディスプレイでいっぱいになりました。
頭の中も、高性能ディスプレイ環境の妄想でいっぱいです。
 
今にして思えば、妄想の中でディスプレイの買い替えによるメリットを作り上げ、自分に対して購入理由を正当化しようとしていたのです。
 
金銭面での正当化ができない
どれほど作業環境、作業効率が良くなるという理由を与えても、正当化できないものが一つあります。
ディスプレイの値段です。
 
性能が良ければそれほど金額も高いものばかり。
節約生活の中で、そう易々と許容できる金額ではありません。
 
それでもディスプレイの誘惑に囚われていた当時の私は、これさえも正当化しようとしたのです。
その結果、冒頭で述べた条件が生まれました。
 
外部ディスプレイで行う作業に、そのディスプレイの値段以上の価値があれば問題ない
 
そして私は、外部ディスプレイの購入を諦め、さらにはその時使っていた24インチのディスプレイも手放したのです。
なぜなら、そのディスプレイの価値さえも私は生み出せていなかったからです。
 
MacBookオンリーで再スタート
 ディスプレイというのはスペースです。
今までの私は何となく広い家に住みたいと思っている状態に等しかったのだと気づきました。
広ければ何かと便利だろうと、勝手に思っていただけだったのです。
 
MacBookはそれ一つで完成しています。外部ディスプレイはあくまでオプション。
必須ではないのです。
 
実際、MacBookだけで作業するようになってから、余計なことを考えることがなくなり、すごくすっきりした気持ちで作業ができています。
 
たまに「もう少し大きな画面があれば」と思うこともありますが、そんな時は「大きな画面があったら、その画面分の価値を生み出せるのか?」と自問することで、外部ディスプレイの妄想を断ち切っています。
むしろ、このMacBookだけで外部ディスプレイを購入できるほどの価値を生み出して、いつか上等なディスプレイを買おうと、モチベーションの維持に利用しているくらいです。
 
終わりに
使わないことで余計な思考をカットするという考え方は、スタンディングデスクに関する過去の記事でも述べています。
椅子を使わないことで椅子について考えなくてよくなるという、今回と同じ考え方の内容になっていますので、興味のある方は是非お読みください。
外部ディスプレイを使わなくなってから、私は使っているMacBook Airが以前より好きになりました。
パートナーのように感じるのです。

 
あえてノートPCオンリーで作業することで、パートナーの魅力を引き出してあげたくなるのです。