ビルドンブング

自由でシンプルな生活を求めて試行錯誤する記録を毎日更新中(金曜日はその週に読んだ小説の紹介)

ギザ十を遠慮なく使う

実家を整理していると、子供の頃に集めていたギザ十が出てきた。
本来は側面がツルツルの10円玉だが、50円玉のようにギザギザしているものが稀に混じっている。
それを「ギザ十」と称しているのだ。
子供の頃(20年ほど前)はギザ十には60円の価値がある、なんて友達が言ってたものだが、実際のところどうなのだろうか。
レアなものであることは違いないので、もしかしたら価値があるのかもしれない……
まあ、タイトルの通り、結局は遠慮なく使って構わないという結論になったのだが。

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古銭買取ショップで査定

ギザ十意外にも記念切手や記念硬貨も出てきたので、それらのついでに古銭買取ショップへ行って査定に出してみた。
しかしギザ十については買取不可とのこと。
価値がないわけではないのだが、何百枚単位になって初めて額面以上の価値がつくようだ
子供の頃からちまちま貯めていた程度のギザ十ではプラスアルファの価値はつけられないということである。
さて、結局手元に残ったギザ十だが、どうするべきなのか。
そもそも10円玉なのだから、使い道は決まっている。

財布に入れてしまえ

普通の10円玉として使うのだ。
それがギザ十だと知っていると、どこかもったいなくも感じる。
しかし、前述の通り額面以上の価格で売るには何百枚と必要だ。
子供の頃から集めていても10枚にも届かなかったものが、今後の人生で100枚になるとは思えない。
なったところで、そこまで大きな儲けにはならない。
だからもったいなくも何ともないのだ。
「子供の頃に集めていた」という思い出補正もかかっているが、潔く使ってやろう。
結果、どこかのギザ十コレクターのところに巡るかもしれない。
その方がいいだろう。
「ギザ十どうしよう」と頭の片隅にずっと抱えるよりは、さっさと使ってしまった方が楽になれる。
というわけで財布の小銭入れに入れた。

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すでに何枚か使っている。
店員さんはそれがギザ十だと気づいていなかったが、どこか清々しい感覚だった。
ギザ十の呪縛から解放されたのだ。
もう、これからは10円玉をお釣りでもらっても、それがギザ十かどうか確認しないだろう。
ギザ十だったとしても、普通の10円玉のように使うしかないということを知っているからだ。

終わりに

私が行った古銭買取ショップが適当なことを言っているのではと思って一応調べてみたが、やはり特殊なものを除いては、額面どおり10円の価値しかないようだ。
↑のサイトを見れば詳しくわかるが、発行された年によっては価値のあるものもあるらしい。
それでも100円ほどにしかならないようだが……
 
ところで、この記事に実物のギザ十の写真を載せているが、この行為の是非について念の為に調べてみた。
財務省のサイトによると、ブログなどへの掲載については以下のようになっている。
デジタルカメラ等で撮影したこれらの画像データをホームページやブログに掲載した場合については、その行為自体は「通貨及証券模造取締法」の取締りの対象とはなりませんが、掲載した写真が印刷された場合には、同法に抵触する可能性がありますので、十分ご注意下さい。
(出典:財務省
印刷された場合に厄介なことになる可能性があるらしい。
まあ、出典もとの全文を読めば偽装への対策が主らしいので、印刷したところで本物と紛らわしいこともないから大丈夫だろう。