子供がなかなか勉強をしてくれなくて困っていたりしないだろうか?
私の母は困っていたと思う。
けれど子供の立場から見れば、どうして勉強をしていない親から「勉強をしろ」と言われなければならないのか、と自分だけやらされている感を覚えることだろう。
一番良いと思うのは、親も一緒に勉強することだ。
子供が習っている範囲と同じところを勉強して、どちらの方がなようを覚えているか、参考書の問題を解けるか競争をすれば良い。
競争となると結構やる気になったりするのが子供だし、負けず嫌いの子だったら頑張るだろう。
反抗期だったら「親をぎゃふんと言わせるチャンスだ」と思って頑張るかも知れない。
だから子供に負けたら素直に負けを認めることも大切だし「次は負けない」という闘志を見せることも必要だ。
とはいえ、多くの親は自分の仕事をしていて、それにプラスして子供に付き合って一緒に勉強するのは難しいだろう。
私の親だってそんなことはしてくれなかった。
けれど私はそれなりに勉強していた。
とても俗物的な理由ではあるけれど、定期試験の成績が良かったらお小遣いがもらえたからだ。
逆に、決まったお小遣いはなかった。
欲しいものがあるなら、テストで良い点を取って結果を出すしか手段がなかったのである。
つまり、中学生の頃なんかはバイトはできないから、お金のために勉強をしていたことになる。
間接的に言えば「勉強がバイト」という状態だっただろうか。
まあ俗物的ではあるけれど、欲望に忠実で健全だとも思う。
「勉強しないと将来後悔するよ」というようなことを親は言ったりするけれど、果たして心からそう思っているだろうか?
どこかで「勉強できなくてもどうにかなるけどね」なんて思っていないだろうか。
おそらく、そういう気持ちが言動に無意識に現れていて、それは子供にも伝わっていると思う。
それに親がそれを言わなくても、物心がついた頃には世間を見て子供が自らそれを知る。
そんな状態でなにかそれっぽいことを言っても、綺麗事だと受け入れられないだけだろう。
それだったら素直に「勉強して結果が出せればお金をあげるよ」と言った方が良いのではないだろうか?
仕事だって、お金がもらえるからやっているのだ。
勉強だって、お金がもらえるからやったって構わないだろう。
綺麗事を言って勉強してくれないよりは、結果的に望む結果を得られるのではないだろうか?
塾に払うお金があるんだったら、そのお金を子供に直接回す手だってあるだろう。
別に塾で熱心に教わらなくても、学校の先生に直接頼んで個別に教えてもらったりとか、今はYouTubeなんかで勉強系のチャンネルもあるから、自分で勉強できる環境は整っている。
だからそこへ向かってどう子供の気持ちを動かすかがポイントだと思われる。
そこで親の綺麗事なんかは必要ないのではないだろうか?