ビルドンブング

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「作業時間」ではなく「活動時間」として割り切る

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25分作業をして5分休憩するのを繰り返すのがポモドーロテクニックである。

ja.wikipedia.org

 

時間は50分-10分だったり、明確に定めず適宜変えたりするだろうけれど、つまりは作業時間と休憩時間を決めて集中力を維持するためのテクニックだ。

私もたまに思い出したように使ってみるのだけれど、どうも長続きしない。
その理由は休憩時間の過ごし方な気がする。
ポモドーロ 休憩」なんかで検索すれば色々なアイデアが供給されている。
いくつか読んで試してみたけれど、どうにもしっくりこない。
そりゃあ、トイレに行くとか水を飲むとかはあるけれど、休憩のたびに行うのは頻度が高いとかもあって、なかなか「休憩はこれをする」と決めきれないところがある。
すると「休憩になったけれど何をしよう」とその都度考えることになって、それが疲れてしまう。

なので割り切って休憩中は「何もしない」ことにした。
これも巷では有名な手法である。
「休憩」というと作業以外のこと、たとえば先に挙げたトイレとか水分補給とか、またはスマホを触るとか本を読むとか体を動かすとか、色々思い浮かぶけれど、真の休憩とは「何もしないこと」である。

nazology.kusuguru.co.jp

 

とはいえ、トイレや水分補給をおろそかにするわけにもいかないし、それ以外にも「作業とはいえないような休憩中にやるようなこと」だってあるだろう。
けれど、そういった細々したことも「作業時間」に行うことにした。
なので「作業時間」と言ってしまうと紛らわしい。
「休憩時間」を「何もしない時間」とするならば、作業時間は何かをする時間であるから、「活動時間」と呼ぶことにした。

呼び方の違いと言われればそこまでだけれど、意外と意識が変わったりする。
逐一「これは休憩時間にすることか?」とか考えなくていいから、休憩時間に何もしないことに集中できる。
また「何かをする」のは全て活動時間(作業時間)になるから、作業の合間にトイレに行くとか、なんだか休憩みたいな行為だけれど、それも活動(作業)だ。

この考え方で少し試してみたのだけれど、ポモドーロテクニックに感じていたちょっとした窮屈な感覚が薄れたように思う。
なんてことはない、活動して少し休憩してを繰り返すだけのことだ。
休憩は休憩であり、有意義に過ごす必要もない。
「何もしない時間」であり、「活動しない時間」ある。
となれば、休憩ではない時間は「何かをする時間」であり、「活動時間」と呼ぶのが相応しいのではないだろうか。