スマートフォンはすっかり普及し、数年前までは「お年寄りはガラケー」という状態だったけれど、今はみんなスマホだ。
というか、単にガラケーが簡単に買えなくなっただけかもしれない。
さて、月に1回実家に帰るのだけれど、その度に母親からスマホの操作方法について質問がくる。
LINEのプロフィールに使っている写真を変える方法なんかを聞かれるのだ。
それも、1度ではない。
やり方を教えるのだけれど、自分で覚えようとしないのである。
「また頼めばいいか」と考えているのだろう。
そういう老人にはなりたくないものである。
全く思考停止状態ではないか。
こうして記事を書いているだけで思い出してイライラしてくる。
どうして覚えないのか。
覚えられないにしても、どうしてネットで調べないのだろうか。
天気とかニュースは調べているではないか。
「スマホの操作方法についてスマホで調べる」という発想になれないのだろうか。
スマホをスマホという1つのアイテムとして捉えているのかもしれない。
例えば先のLINEプロフィールの場合、私たちは「LINEの操作方法・設定方法」として捉える。
けれどスマホに慣れていない世代はそれをLINE単体のことではなく「スマホの操作方法・設定方法」と認識するのかもしれない。
だったらスマホのことをスマホで調べるという発想には至りにくいだろうか。
パソコンの中に入っている各種ソフト、スマホの中に入っている各種アプリ、そんな考え方が苦手なのかもしれない。
そして、その考え方ができないと「機能がたくさんあってよくわからない」という、まあ思考停止ではあるのだけれど、理解しようとする際の心理的ハードルが高くなってしまう要素になる。
母のLINEの設定をパパッと変えると「どうしてそんなにすぐスマホの操作がわかるのか」と言われる。
スマホの操作をしているつもりはない。
LINEの操作だ。
画面をタッチして操作する感覚にも慣れていないのだろうか。
「物理ボタン世代」とでも言おうか。
画面上に「完了」「キャンセル」と表示されているのに、どちらも押さずに元の画面に戻ってしまっていたりする。
画面上にボタンが表示されて、それを押さなければいけないという感覚にどうにも至れないらしい。
口で操作方法を説明していて、それ通りに操作してもらっているつもりだったのに、そういうところで変なことをするから最後の設定完了が行えていなかったりするのだ。
ああ、ダメだ。
ここまで書いていて、記事のタイトルに「への愚痴」を追加した。