まあ、タイトルで言いたいことは言い終わっている節があるけれど……
例えば、普段から怒りっぽい人が怒っていても「ああ、いつものだ」と流すだけである。
そりゃあ、怒ってはいるわけだから、反省しているふりくらいはするけれど、いつものことなのでそこまで重要なこととは受け止めない。
一方で、普段は温厚で物静かな人が声を荒げて怒っていたら、何かとんでもないことをしてしまったのだと感じるだろう。
当然、重要なことと受け止めて、粛々と反省をする。
さて、自分が怒る側の立場である場合、どちらの方が効果的だろうか、というのは言うまでもない。
「私は怒っているのだぞ」ということを真摯に受け止めてもらうには、普段の瑣末なことでは怒りを表に出さず、穏やかな人格でいることに努めておく必要がある。
言い方を変えれば「怒るほどのことかよく考えろ」ということだ。
すぐカッとなって怒る人は、その人としては言いたいことを言って、相手も怒られて萎んでしまうから、気持ち的にはスッキリするかもしれない。
けれど冒頭の例で述べたように、内心では「また怒られた」とか「いつものだ」と受け止めているため、怒った側が求めているように改善される可能性は低い。
なんなら「何をしても怒るのだから、何もする必要はない」くらいに受け止められる可能性すらある。
そうなると、その一瞬は怒りを吐き出してスッキリしても、またすぐに起こりたくなるような事態になる。
結局、いつまでもイライラしてしまうだろう。
それなら、1回怒るだけでしっかりと伝えて、受け止めてもらって、改善してもらった方が良い。
そのためには相手に真摯に受け止めてもらう必要がある。
要は「この人がこんなに怒るなんて、良くないことをしてしまったのだな」と思わせるのが手っ取り早い。
そのためには、普段の小さな怒りは表に出さず、寛大な心で受け流すように努めなければならない。
人によっては難しく聞こえるかもしれないけれど、慣れればそれほどでもない。
別に、怒らずに不満を伝える方法だってある。
「静かに怒る人」と言えば良いだろうか。
別に怒っているわけではないけれど、言葉に迫力のある物言いをする人がいる。
ああいうのが理想ではないだろうか。
こちらだって、怒らずに済むのならそちらの方が精神衛生上良いのだから。