ビルドンブング

自由でシンプルな生活を求めて試行錯誤する記録を毎日更新中(金曜日はその週に読んだ小説の紹介)

お菓子は貰い物をたまに食べるくらいで丁度いい(ただし全く食べないのが理想)

お菓子だった。

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あったから食べた。
 
普段、自分からお菓子を買うことなどない。
自腹で買うとなれば、もっと安くて量があって体にも良さそうなものを買うからだ。
 
貰ったのだ。
基本的に貰い物はありがたくいただくスタイルである。
好意で渡されたものを「断食中だから」とか「体に悪そうだから」と受取拒否することはない。
しかし「邪悪な食べ物だな」とは思う
 

とにかく甘い

自然界ではありえない甘さをしている。
1口では我慢できず、もっと欲しくなる甘さだ。
 
冒頭の写真の空箱には初め、4種類のチョコレートが4個ずつ、計16個入っていた。
食べる前に「毎日4種類を1個ずつ食べるとして4日分だな」という計画を立てる。
その上で1つ目のチョコを口に運んだが最後、2時間後にはすべてのチョコレートを食べ終えていた。
 
目の前には空箱。
恐ろしい。
もしも16個入りなどではなく、業務用の1kgくらいのチョコの山だったとしても、同じように数時間で食べ切っていてもおかしくないくらいの勢いがあったからだ。
 
後半は体が満足してるのに頭だけがチョコを欲している状態だった。
これが米や肉だったらそうはならない。
「満腹=満足」だ。

1口食べたら終わりと思う

満腹なのに満足せず、頭がもっと欲しがる。
しかし、それが良くないこともまた頭ではわかっている。
 
左右の耳元で天使と悪魔が囁くコミカルな演出が似つかわしい。
「どうせいずれ食べるんだから今ここで全部食べちゃおうぜ」
「そんなの体に良くないよ。毎日少しずつ食べよう」
天使に賛成だ。
少しずつ食べようと心に決めて1口食べるわけだが、その甘さに考え方まで甘くなるのか、悪魔のいいなりになってしまう。
「どうせいずれ食べるんだから」と。
「毎日少しずつ食べて我慢するくらいなら早く全部食べ切った方が楽になる」と。

なんのために食べるのか

これが栄養価の高い健康食品だったらまだ良い。
事実、日本は健康志向に傾いていて、やたら健康的なことをアピールしているお菓子も増えた。
しかし、本当に健康になりたいのなら、そもそもお菓子を食べるべきではないはずだ。
 
他に安くて体に良い食品はいくらでもある。

 というか、素材をそのまま食べていればある程度は健康的な食事にできる。

なぜなら加工されていない食品だから。
 
「あなたの体はどんな食べ物でできているの?」という問いをされると、脳内にはお米やお肉のビジョンが浮かぶだろう。
そして、それらは加工された姿ではないはずだ。
そこにお菓子が出てくる余地はない。
 
本能的にわかっているのだ。
お菓子で人の体は作れない」と。
にも関わらずお菓子を好んで食べる人がいる。
嗜好品として楽しむならともかく、糖尿病のような健康被害を被ってまで食べる人がいる。
だがそれも仕方ないと思う。
甘くて美味しいのだから。
 
なんのために食べるのかと問われれば、甘くて美味しいものを食べたいからと答える他にないだろう。
裏を返せば、そこにはそれだけに理由しかない。

何で欲を抑えるか

私だって、日頃の玄米生活や極端な食費の節約意識がなければ、甘いものを好き勝手に食べ漁りたい。
実際、以前に似たようなことが菓子パンで発生した。

 今は比較的安定した食生活を送れているが、自制心が無く、お金が有れば食欲のままに暴走しかねないとうことだ。

しかし、日頃そうしえて制御しているから、たまにお菓子にありつけた際に暴走してしまうという考え方もある。
 
毎日少しの贅沢を続けるか、すべての贅沢を完全に排除するかの2択なのだろう。
私は後者の道を進みたいところだが、たまに外部から目の前に贅沢が無償で与えられる。
そして、冒頭の状態に陥り、また同じような思考を繰り返しては同じ結論に至るのだ。

お菓子を配るのは考えもの

こんなことを考えている私なので、たまに私がお土産などを配ることになると、いったい何を配れば良いものか余計に悩んでしまう。
私が配った小さな1つのお菓子が原因で、誰かの食欲を暴発させてしまうかもしれないのだから。
 
何が言いたいのかというと、もしもこれから会社などでお菓子を配ろうとしている人は、お菓子以外の選択肢も考えてみて欲しいということだ。
 
ナッツ系ならお菓子らしさもありつつ、健康志向の人も喜ぶだろう。
もしも小分けされたミックスナッツやアーモンドフィッシュなどを配っている人がいれば、無条件で好感度は爆上がりだ。
 
私が配るなら絶対にナッツ系だ。
他の人はそこまで真剣に考えてはいないのだろうか……